あまい想い出、悲しい現実、自由奔放に綴ります。 筆のむくままに―
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何歳頃からだったろう、私が“母の日”を認識したのは―

とても忙しい中で私を育ててきてくれた母。
だからなのか、私は親に甘えることを知らずに育った。
甘えることもしなければ、困らせるようなこともしない。
そんな子どもだったそうだ。

欲しいものがあっても、決しておねだりすることができず
幼児の私は(記憶がないのですが)、家の前を人が通りすがるたびに、
「私、自転車買ってもらえないの」って、
話しかけていたそうだ…
(“困らせない子だった”と母には言われたものの、これは直接わがまま言っていないだけで、親にとっては困る行為ですよね)

幼稚園の先生からの連絡帳に、
「MIEちゃんは愛情不足ですよ」って、
毎回のように書かれていたとのこと…。

だからなのか、思春期ともなると、私と母の関係は崩れていき、
私の扱いはどんどん難しくなっていったようなのです。

っといっても、私だけが一方的に悪いわけではなく、
母の方にも非はあったのですけどね。
家族内での私は“冷え切った娘”と思われていた模様。

何をお土産に買っていっても、
「いらないよ」。
よかれと思ってプレゼントを選んでくれても
「使わないよ」。
ねだらないだけなら良いのでしょうが、
与えてくれたものも受け入れないという
妙な娘だったそうです。

そんな思春期を経て、結婚をし、子どもにもめぐまれて―
「孫」という存在のおかげもあり、現在ではほぼ普通の母と娘の関係に修復できたわけですが、

ふと、小さい頃のことを思い出した。

幼心に、「母の日にエプロンなんて、これ以上働けって言ってるみたいで嫌だ!」って、
私がはじめて(学校で用意するものや、花以外で)贈ったプレゼントは、イヤリング。
もちろん、子どもが買える程度の値段だったけど、
上品で、安物に見えないからと、母は気に入ってくれたようだった。

そのときの「心に残る母の言葉」。

「MIEちゃんが一生懸命選んでくれたものならなんでも嬉しいわ」

そう、今までの私には、まったく浸み込んでいなかった言葉が、
時を経て、ようやく胸に届いたの。

母の贈ってくれたものに無反応だった今までの私は、
なんてひどい娘だったんだろう…
(※贈り物に無反応だったのは両親に対してだけです)

ごめんなさい。
もし、ベビにプレゼントを選んで買ってあげて、こんな反応されていたら、
私、絶対悲しいもの。
今になってようやくわかった、そのキモチ。

もしかしたら、母の「MIEちゃんが一生懸命選んでくれたものならなんでも嬉しいわ」
って言葉には、私への“教え”の意味がこめられていたのかもしれません。

心に残る母の言葉」っというよりは、「心の奥底からよみがえってきた母の言葉」といったほうが近いかもしれませんが、今日から先は「心に残る母の言葉」と言っても、間違いではないですよね?


そんな母の日。
そもそも、母の日のはじまりとは、今から100年前にもさかのぼるといいます。
その5月、アンナ・ジャービスというアメリカ人女性が、亡き母を偲んでカーネーションを捧げたことがことの始まりだったとか。


いつか、赤いカーネーションは生きているお母さんに、
白いカーネーションは天国にいるお母さんに贈るものだと
聞いたことがあるのだが、
アンナ・ジャービスさんの捧げたカーネーションは
何色だったのだろう。


2008年の母の日まであとわずかだが、
今年の「母の日」は100周年なんだそう。

いちうまでも母を忘れない―

そんなアンナ・ジャービスさんの思いを原点とし、「日本香堂」で、
心に残る母の言葉」が募集されています。



お母さんからもらった、かけがえの無い言葉。
忘れることなんて絶対にできない、お母さんの言葉。

私のように、「今だから気づけた、伝わった、お母さんの言葉の意味」といった感じでもダイジョウブだと思いますよ。

発表は、投稿作品の中から、15作品。日本香堂が提供するラジオ番組にて行われるそうです。
心に残る母の言葉」の締め切りは4月25日。

私も、投稿してみようかと思います。

ちなみに、ちょっと寂しげなタッチで書いてあるのですが、
私が母にカーネーションを贈るとしたら、色は…
「赤色」です。
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そんな思春期を経て、結婚をし、子どもにもめぐまれて―
「孫」という存在のおかげもあり、現在ではほぼ普通の母と娘の関係に修復できたわけですが、

ふと、小さい頃のことを思い出した。

幼心に、「母の日にエプロンなんて、これ以上働けって言ってるみたいで嫌だ!」って、
私がはじめて(学校で用意するものや、花以外で)贈ったプレゼントは、イヤリング。
もちろん、子どもが買える程度の値段だったけど、
上品で、安物に見えないからと、母は気に入ってくれたようだった。

そのときの「心に残る母の言葉」。

「MIEちゃんが一生懸命選んでくれたものならなんでも嬉しいわ」

そう、今までの私には、まったく浸み込んでいなかった言葉が、
時を経て、ようやく胸に届いたの。

母の贈ってくれたものに無反応だった今までの私は、
なんてひどい娘だったんだろう…
(※贈り物に無反応だったのは両親に対してだけです)

ごめんなさい。
もし、ベビにプレゼントを選んで買ってあげて、こんな反応されていたら、
私、絶対悲しいもの。
今になってようやくわかった、そのキモチ。

もしかしたら、母の「MIEちゃんが一生懸命選んでくれたものならなんでも嬉しいわ」
って言葉には、私への“教え”の意味がこめられていたのかもしれません。

心に残る母の言葉」っというよりは、「心の奥底からよみがえってきた母の言葉」といったほうが近いかもしれませんが、今日から先は「心に残る母の言葉」と言っても、間違いではないですよね?


そんな母の日。
そもそも、母の日のはじまりとは、今から100年前にもさかのぼるといいます。
その5月、アンナ・ジャービスというアメリカ人女性が、亡き母を偲んでカーネーションを捧げたことがことの始まりだったとか。


いつか、赤いカーネーションは生きているお母さんに、
白いカーネーションは天国にいるお母さんに贈るものだと
聞いたことがあるのだが、
アンナ・ジャービスさんの捧げたカーネーションは
何色だったのだろう。


2008年の母の日まであとわずかだが、
今年の「母の日」は100周年なんだそう。

いちうまでも母を忘れない―

そんなアンナ・ジャービスさんの思いを原点とし、「日本香堂」で、
心に残る母の言葉」が募集されています。



お母さんからもらった、かけがえの無い言葉。
忘れることなんて絶対にできない、お母さんの言葉。

私のように、「今だから気づけた、伝わった、お母さんの言葉の意味」といった感じでもダイジョウブだと思いますよ。

発表は、投稿作品の中から、15作品。日本香堂が提供するラジオ番組にて行われるそうです。
心に残る母の言葉」の締め切りは4月25日。

私も、投稿してみようかと思います。

ちなみに、ちょっと寂しげなタッチで書いてあるのですが、
私が母にカーネーションを贈るとしたら、色は…
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【2008/04/18 23:44】 | つぶやき
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